〔 2017年5月号(2017年5月14日発行)・詩「春の深みへ」 〕

碧い風 目次



  
 春の深みへ

 山道を上りながら
 私は
 けれども一足ごとに
 むしろ
 春の深みへと降りていくように感じていた          

 坂道を来て
 山道を上り
 石段を踏んで
 お堂へ通う
 参拝の道

 苦しい道筋をたどることで
 人々は
 はじめて神仏の力を頼むことができる
 と考えていた

 そこには
 効率では計りきれない
 人の心のはたらきがあって―
 私は
 私たちが失ってしまうものについて
 考えていた
 たとえば
 参道を迂回して
 お堂へ至る舗装道路を作ることで




 気をつけなくてはいけないよ
 あの
 山姥の像の前でころぶと
 地獄へ落ちる
 と言われているから

 ―人はみなそのあとに小さな風をしたがえて歩く       
 その人が私の前を通り過ぎたとき
 私はそのことに気がついた

 途中―
 私はわざとゆっくり歩き始めた
 石段の向こうに
 もうすぐお堂が
 見えてくるように思われて

 その人のあとにしたがう風に
 山吹の花がこぼれて散った
 山の上のお堂へ参る道の途中で


         (久野雅幸 詩集『旋回』所収 一部改) 
  
 
  
  

〔イラスト:梅津 大喗(たいき)さん 高校2年〕


 〔作者からひとこと〕
 詩の舞台は、「若松さま」。「山道」とあるのは古参道です。「山姥の像」のことは、祖母から何度も聞きました。情景を思い浮かべていただければ幸いです。

〔作者からもうひとこと〕
 上記「ひとこと」の中の「若松さま」は、天童市にある「鈴立山 若松寺」(れいりゅうざん じゃくしょうじ)。若松観音をまつり、縁結びの御利益で知られ、最上三十三観音一番札所となっています。天童市の中心部から東へ5kmほど行った、標高730mほどの山の中腹に位置しています。
 現在は、お堂に参拝するにあたって、舗装された道路を通り、車を使ってお堂のすぐ近くまで行くことができますが、以前は、山道の途中から、かなりの数の石段を踏み、歩いてお堂に上るしかありませんでした。石段の途中には、山姥の像があって、「前でころぶど地獄さ落ぢっからきつげであるげ」と祖母から何度か言われた記憶があります。石段は、現在も残っています。
 イラストは、詩中の「山吹」を「桜」に変えて、非常に大胆な構図で描いてくれました。