〔 2018年9月号(2018年9月9日発行)・詩「声」 〕

碧い風 目次



    
  
 声

 朝顔の花はだんだんと
 高いところへ
 上っていった
 紐にからんで
 蔓を巻いた
 その蔓を上って
 高いところへ

 いまでは
 いくつかの大きな花が
 軒を越え
 屋根に上がって
 咲いている

 やがて
 冷たい風の吹きつのるころには
 花たちは
 私たちの目のとどかないところで
 ひっそりと
 咲いていることだろう

 ―がんばれよ。
 子どもがクワガタムシに呼びかけていた
 ひと夏を過ごし
 いまはわずかに脚を動かすばかりになってしまった    
 一匹のクワガタムシに向かって
 これまでは水槽の中で飼っていたそのムシを


 せめてと思い庭木のもとに放ったところ
 ―がんばれよ。
 子どもが何度も呼びかけていた

 すでに高い空の下で
 おとろえた命を励まし続ける子どもの声を        
 移り行きにしたがって立ち去ろうとする
 多くのものたちが聞いていた


    (久野雅幸 詩集『三人の日に』所収 一部改)
 
  
  

〔イラスト:G. S. さん 高校2年〕


〔作者からひとこと〕
 今年は、例年に比べて、セミの鳴き声が少なかった気がするのですが、どうなのでしょうか? セミ(成虫)もそうですが、植物や昆虫の中には、ひと夏を過ごし、秋・冬を過ごすことなく自分の命を手放すものがいます。「移り行きにしたがってたち去ろうとする」ものたちです。
 イラストは、詩の中でまなざしが集中しているもの二つを取り上げて描いてくれました。

〔作者からもうひとこと〕
 詩集『三人の日に』の出版から今年(2019年)の6月で16年が経過することとなり、「子ども」はすでに30歳に近い年齢になっています。ただ、それでも、この詩の第4連に表現した場面は、今でもはっきりと覚えています。