久野雅幸のページ
                
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十月の詩

 

  雨の人、そして雨上がりの人

 

 ―雨が降ると姿がはっきりと見える人なのです   

 その人について
 あなたは言ったが

 ―それは
  たとえば
  私たちの前で揺れている萩の花が
  いま
  雨に洗われて
  ふだんよりいっそういろあざやかに見えるという
  そういうことですか

 私が聞くと

 ―そうではなくて
  たとえば
  暑さがおさまると
  それまでは目に入らなかった
  果樹の実りが
  突然はっきりと目に見えるようになる
  そういうことって
  あるでしょう

 そう言って




 一歩二歩と足を踏み出した
 あなたの前を
 すうっと
 一匹の黒いイトトンボが
 飛びすぎて

 雨が上がって
 あちこちに水たまりのできている
 園の中
 敷石を踏んで
 あなたは行ったが

 雲間からさし込む
 日ざしの中に
 それから私は
 あなたの姿を
 たしかに見失ったと思う

 雨上がりの虹が
 しだいに消えて見えなくなるのを        
 私に
 いったい
 どうすることができるだろう

 雨上がりの人よ
 あなたは




 雨の人を
 永遠に追い続けるのですか           

 雨が降り
 雨が上がって
 虹がかかった
 そういうことが
 何度となく繰り返される
 秋の日に
 あっても
 
 

                (久野雅幸)

  上の詩で、「園」は「えん」、「敷石」は「しきいし」と読んでください。
    

   雨


   Ⅰ

 雨上がりの、ある朝のことです。
 女の子が一人、原っぱの中を歩いていると、突然、声が聞こえてきました。
 ―ああ、困った、困った。

 ―あっ。
 声のした方を見て、女の子は驚きました。
 そこには、ずるがしこいリスのような顔をしたものが、何かを探しているようすで
 立っていました。
 先の方が三つに分かれた頭巾をかぶり、服のすそも、袖口も、ズボンのすそも、反
 り返った花びらのように広がっています。
 そのかっこうは、サーカスのピエロによく似ています。
 左手には、大きな黒い双眼鏡を持っています。
 ―ああ、困った、困った。
 それが言いました。
 ―早くしないと、女王様にしかられてしまう。

 ―何をしているの?
 女の子は話しかけました。
 話しかけた理由は、二つあります。
 一つは、それがとても困ったようすをしていたからです。
 そんなに困っているのであれば、自分も手伝ってあげようと思ったのです。
 もう一つは、何をしているのか、本当に知りたかったのです。

 話しかけられて、それはいったん動きを止めました。
 そして、前屈みになっていたからだを起こし、女の子の方を振り向くと、女の子の
 すがたを一度じろりと見ました。
 それから、すぐに、また前屈みになって、草むらの中を探し始めました。
 ―ああ、困った、困った。
 それが言いました。

 女の子は腹が立ちました。
 無視されたからです。
 それに、せっかく手伝ってあげようと思ったのに、という、くやしい気持ちもあり
 ました。
 女の子は、強い調子で言いました。
 ―わたし、あなたのこと、知ってるわ。
  きのうも、わたし、あなたを引いたせいで、負けたんだから。

 すると、それは、またぴたりと動きをとめました。
 からだを起こし、からだの向きを変えて、女の子と向かい合いました。
 ―わたしのことを知っている? 
  ふふん。
  いったい、おまえは、わたしを、なんだと思っているのだ。
 ばかにしたような調子で言われ、女の子は、また腹が立ちました。
 女の子は言いました、自信をもって。
 ―ジョーカーでしょう。

 ―ジョーカー?
 そう言って、それはにやりと笑いました。
 笑うと、口が耳元まで大きく裂けているのがはっきりとわかります。
 女の子が言ったとおり、それは、たしかに、トランプのジョーカーそのものです。
 けれども、それは言いました。
 ―ちかって、わたしはそんなものではない。
 そう言ったとき、それの足もとが、かなり透明になって、見えなくなってきている
 ことに、女の子は気がつきました。
 ―どうやら、ここにはいないようだ。
  つまらないものに話しかけられて、貴重な時間をむだに使ってしまった。
  ゆうべから、なんとも、ついていない。
 その口ぶりは、女の子にいやみを言っているようであり、また、やつあたりしてい
 るようでもありました。
 言い終わらないうちに、それのすがたは、腰から下が見えなくなっていました。
 
 ―それじゃあ、あなたは、なんなの?
 あわてて、女の子は言いました。

 完全にそれのすがたが消えてしまう前に、なんとしても聞いておきたかったので
 す。
 ―わたしは、
 とそれが言ったときには、それのすがたは、もう首から上しか残っていませんでし
 た。
 ―アマノジャク。
 声が聞こえたときには、すでに、それのすがたはどこにもありませんでした。
 女の子の前には、ただ、雨に濡れて、あちこちがきらきらと光っている原っぱがあ
 るだけです。
 いつのまにか、空に、大きな虹がかかっていました。
 ―あっ。
 驚いて、女の子は声を上げました。
 虹の中から、一匹の魚が、大きな赤い顔をのぞかせていました。


 
                            (久野雅幸)    
 
 

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