ミニ・フォト絵本「スズランスイセン」

　

　ミニ・フォト絵本「スズランスイセン」

ある日、女の子は、庭のかたすみに、きれいな花が咲いているのを見つけました。
「スズランだわ。」
と、はじめ女の子は思いました。
けれども、女の子が知っているスズランの花とは、少し違います。
女の子は、調べてみることにしました。

その花は、「スズランスイセン」という、スズランとは別の花でした。

「とても、かわいらしい花。」
女の子は思いました。

　

「スカートのようでもあるし、ランプのようでもあるわ。」
その花は、まるで、ふっくらとして、緑色のいろどりを、ていねいにすそにあしらった、スカートのように見えます。
また、中に電球が入っていたら、そのまま、すてきなランプになりそうです。

「妖精がはいているのは、きっとこういうスカートね。」
女の子は思いました。
「でも、わたしは、ランプのほうがいいな。こんなランプがあったら、ぜったい買っちゃう。」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

「それにしても、―。」
女の子は、ふしぎに思いました。
「どうして、この花がうちの庭にあるのかしら。」
その花がもともと日本にある花でないことは、調べた時にわかりました。

すぐに、思いあたることがありました。
「おかあさんだ。」

亡くなった、女の子のおかあさんは、とても花が好きなひとでした。気に入った花があると、置く場所や植える場所のことなど考えずに、すぐ買ってしまう。そういうひとだったことを、女の子は思い出しました。
「買ったのは、おかあさん。これは、確実。」

おとうさんは、植物が好きなひとではありますが、観賞用の花をわざわざ買うようなひとではありません。

「植えたのは、・・・。」
おかあさんが植えたのかもしれないし、おかあさんが亡くなったあとにおとうさんが植えたのかもしれません。女の子は、考えました。

「きっと、おとうさんだ。」
花が植えられているのは、庭のかたすみの目立たない場所です。
ほかの植物が育てば、日陰になってしまう場所。花が気持ちよく育つ場所とは、とても思えません。
こういう植え方をするのは、トニカクムトンチャク（とおかあさんがおとうさんによく言っていました）な、おとうさんにちがいありません。

夜になりました。

眠る前に、女の子は、カーテンを少し開けて、そっと外の世界をのぞきます。それは、女の子のくせのようなものでした。外の世界が、自分が眠っている間もずっとそこにあるということ。そのことを思うと、女の子は、安心してぐっすりと眠ることができるのです。

「あっ。」
女の子は、気がつきました。
庭のかたすみに、小さな光が一つあります。

玄関へ行き、カギを開けて外に出ました。庭の、光のあるところへ行くと、それは、はたして、スズランスイセンの花の一つが、明るく光っているのでした。
それは、まさしく、ランプのように。

しばらくすると、明かりが少し強くなったように思われました。

「ふしぎ。でも、どうして一つだけなのかしら。」
女の子がそう思った時です―。

ほかの花にも、次々に明かりがつきました。

そして、次の瞬間―。
花のランプは、女の子の頭上にありました。

花のランプが頭上にともる、森の中とも、町の中ともわからない、ふしぎな場所に、女の子は立っていました。

「ここは、どこだろう。どうして、こんなところに、来たんだろう。」
女の子は、不安になりました。
わからないことばかりです。

しばらくして、女の子は、歩き始めました。
足もとに、一本の道があったからです。そして、道にそって、先のほうへ、まるで電柱の明かりのように、花のランプが続いていたからです。

しばらく行って、女の子は、立ち止まりました。
どこからか、何か、においがします。
とても、よいにおいです。
鼻を鳴らすようにして、女の子は、においをかぎました。
「パンのにおいだ。」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

たしかに、パンのにおいがします。パンを焼いているときのにおいです。

「ああ。このにおいは。」
女の子は思い出しました。
それは、女の子がずっと忘れていたもの。
でも、いまは、はっきりとわかります。

「おかあさんが、パンを焼いている。」
においのするほうへ、女の子は、走りだしました。

そこには、草の葉で編まれた一軒の家がありました。
一人の女性がパンを焼いています。
「おかあさん。」
女の子は、呼びかけました。
女性が、振り向きます。

まちがいなく、それは女の子のおかあさんでした。

「ゆうこ。ひさしぶりね。」
おかあさんが言いました。
「おかあさん。」
そう言って、飛びついたきり、ゆうこさんは、何も言うことができません。
おかあさんのおなかに顔をうずめて、ずうっと泣いていました。

「もうすぐパンが焼き上がるわ。食べてお帰りなさい。」
おかあさんのことばで、ゆうこさんが顔があげました。
晩ごはんを食べたのに、なぜか、おなかがぺこぺこです。

焼き上がったパンを、二人は、大きな草の葉のテーブルにのせて、食べました。小さな草の葉のこしかけにすわって。
（おかあさんのパン。これが、おかあさんのパンだ。）
ゆうこさんは、そのとき、自分が本当はずうっとずうっとおかあさんのパンを食べたがっていたことに気がつきました。

ゆうこさんは、話し始めました。おかあさんがいなくなってからのことを。
ずうっと、話していました。

「そうだ。」
ゆうこさんが言いました。
「おかあさん。パンの焼き方を教えて。わたしも、おかあさんのように、パンを焼けるようになりたいの。」
そう言うと、ゆうこさんは、自分が本当はずうっとずうっとパンを焼けるようになりたいと思っていたことに気がつきました。
おかあさんがパンを焼いていたかまどは、いまも、そのまま、家に残してあります。

「いいわよ。本当はね、ずうっとゆうこに教えてあげたいと思っていたの。うれしいわ。あなたが、自分からそういうことを言う子に育ってくれて。」
そう言ったおかあさんの目に光るものがあることに、ゆうこさんは気がつきました。

それから、ゆうこさんとおかあさんは、二人でパンを作りました。途中、おかあさんと手を重ねるたび、
（ああ、おかあさんの手だ。）
とゆうこさんは思いました。

パンが焼き上がったとき、おかあさんは、一つ、大きなため息をつきました。

おかあさんが、言いました。
「ゆうこ、残念だけれど、あなたはもう帰らなくてはいけないわ。もうすぐ夜が明ける。その前に、あなたは、かならずもとの世界に帰っていなくてはいけないの。」
ゆうこさんは、何も言えませんでした。
心のどこかでそのことがまえからわかっていたようにも、思われました。

「おかあさん、」
と言って、ゆうこさんは、一度ことばを切りました。
（また、会えるかな）
と本当は聞きたかったのです。けれども、聞きませんでした。聞いてはいけないことのように思ったからです。
「このパン、持って帰ってもいい？」
ゆうこさんが言いました。

「もちろん。でもね。向こうの世界に持っていくことはできないわよ。どんなに強く抱きしめていても、向こうの世界にもどったときには、消えてしまっている。そういうものなの。それでもいい？」
（やっぱり、そうか）
とゆうこさんは、思いました。そのことも、心のどこかでまえからわかっていたように、思われました。

「わかった。でも、持って帰る。ここの世界の、最後の最後のところまで、持っていく。」
ゆうこさんが言いました。涙が出て、声がつまります。

「元気でね、ゆうこ。ゆうこが元気でいてくれたら、おかあさんは幸せなんだから。おとうさんは、」
と言うと、おかあさんは少し笑顔になって続けました。
「おとうさんは、そのつぎ。」
そのことばを聞いて、ゆうこさんも少し笑顔になりました。
「わかった。ずっと、ずっと、元気でいる。」
ゆうこさんが言いました。

途中、振り返って、何度も手を振りました。
振り返るたび、おかあさんのすがたが小さくなっていきます。
何度目だったでしょうか。
振り返ったとき、ランプが消えて、おかあさんのすがたが見えなくなっていました。

ゆうこさんが通りすぎると、そのたび、花のランプが消えていきました。

もとの、花のランプの下にもどって、そこで一歩足を踏み出した、その時です―。

ゆうこさんは、家の庭の、スズランスイセンの花の前に立っていました。
さっきまで強く抱きしめていたパンは、やっぱり、どこにもありません。
「平気。教わった焼き方は、ちゃんと頭の中に入っているもの。」

スズランスイセンの花のひとつに、まだ明かりがともっています。
けれども、どこか、さみしい明かりです。

もうすぐ、夜が明けます。

　