〔下の写真の説明〕
4月末に、「唐松観音堂(からまつかんのんどう)」を撮影したものです。
唐松観音堂は、山形市内の東部、奥羽山脈のすそと言える、標高の高いところにあります。桜の開花が、市内中心部よりも遅いようです。
観音堂は、山形県内では唯一とされる懸崖造りの建物で、江戸時代の早い時期に、当時の山形城主の命によって、建てられたとのことです。「懸崖造り」は、京都の清水寺にならったとのこと。その後、何度か修復が行われ、現在のお堂は、昭和51年5月に改築・復元されたものです。
最上三十三観音の第5番札所になっています。
由来には、源義経を支援したことで知られる、金売吉次にもかかわる伝説があります。
平安時代の末期、京都一条殿の豊丸姫と呼ばれる女性が、清水観音のお告げによって、この地に住む炭焼き藤太という若者のもとを訪ねその妻となります。二人の間には、4人の男子が生まれ、そのうちの一人が金売吉次であると伝わっています。
姫は、都から守護仏として持参した金無垢の観音仏を、唐松山の岩窟に安置して堂宇を建て、それが、唐松観音のはじまりであると伝えられています。