旧トップページ・〈2018年7月31日~2018年9月17日〉



  
  
 
  


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   夏の日


 土手の草をかきわけて
 女の子が一人河原に降りた

    *
  
 河原には
 ―河原と河床との区別もなく
 ごつごつとした石がいっぱいに転がり
 あちこちに
 女の子の背丈より高い草の茂みがあった

    *

 しゃがみこんで
 女の子は
 抱えていた人形を足もとの石の上に置いた
 それから
 大きな石を一つ両手で取り上げると
 ―思いがけない石の熱さに思わず一度手を離したが   
 もう一度それを取り上げて
 わきに移し
 そのあと
 一つ
 また一つと
 石を取り上げわきに移していった
 女の子が作業を続けている間



 人形は
 かたわらの石の上で
 大きな黒い目をいっぱいに開き
 じっと
 空を見上げていた

    *
 
 石を取り除いたあとに
 くぼみができあがった
 女の子は
 かたわらに置いていた人形を取り上げると      
 しっかりと胸に抱きしめ
 長くほおずりをし
 それからそれを
 そうっとくぼみの中に横たえた
 そして
 取り除いた石を
 一つ
 また一つと
 人形の上に重ねていった

    *

 重ね終わって
 女の子が
 立ち上がった



 近くの草むらに行き
 そこで数本の夏草の花を摘み取って
 もどり
 しゃがんで
 積み重ねた石の上に置いた
 それから
 ―それはだれかにならっていることを思わせるしぐさで  
 手を合わせ深く頭を下げると
 立ち上がり
 振り向いて
 駆け出した

    *

 土手を上るとき
 草むらに隠れていたトゲのある枝が
 したたかに女の子の足を掻いたが
 女の子は
 立ち止まることなく
 土手を上って
 駆け去った

    *

 どこか近くの木の上で
 カッコウが繰り返し鳴いていた
 しずまりかえった午後の河原に



 その声は
 まるでそれだけが時を刻む
 刻みであるかのように        
 繰り返し
 響いていた
 石の上に置かれた夏草の花は
 夏の日の強い日ざしを浴びて
 しだいに
 萎れ
 干からびていった
 飛び回るハチの中には
 そんな花のもとにも
 時折
 訪れるものがあった

    *
 
 月がのぼった―
 昼の間熱せられた石の熱も
 しだいに冷めて
 重ねられた石の下に
 一体の人形が横になっていた
 人形の背中の方から伝わってくる           
 一つの響きがあった
 ちいさく
 けれども途切れることなく
 伝わってくる



 それは
 いまは水の流れない川底の
 下を流れる
 伏流水の響きであった
 人形の空っぽの体内に
 その音は
 こだまし広がって
 いまや
 一つの脈打つ響きとなって
 流れ始めた
 石の下に
 ―月の光は届いたろうか
 人形は目を開いて
 何を見るともなく
 しかし
 じっと何かを見つめていた              

                  (久野雅幸)
 
〔トップページの写真について〕
 山形県天童市貫津(ぬくづ)に、「ジャガラモガラ」という不思議な地名の場所があります。天童市の東部に位置する雨呼山(あまよばりやま、標高905m)の中腹にある、東西30m、南北60mほどのすり鉢状のくぼ地です。地元では、姨捨(おばすて)伝説で知られており、また、くぼ地底部の地面に「風穴(ふうけつ」と呼ばれる、数十センチ程度の穴がいくつもあって、そこから真夏でも冷たい風が吹き出していることでも知られています。
 名前の由来は諸説ありますが、私が身近な人たちから伝え聞いているのは、姨捨伝説と結びついたもので、年寄りをその地に捨てに行った者が、帰り道で、年寄りが自分の名前を呼んだり、さまざま叫んだりする声をかき消すため、鍋などを激しくたたいて大きな音を出し、その音が「ジャンガラモンガラ」というように鳴ったところから、「ジャガラモガラ」という地名になった、というものです。
 上の4枚の写真は、どれも「ジャガラモガラ」に生えていた植物で、向かって上左が「ヤナギラン」、上右が「ホソバノキリンソウ」、下左が「オオダイコンソウ」、下右が「オニドコロ」です。どれも、めずらしい植物とは言えないようですが、「ヤナギラン」は亜高山性の植物であり、「風穴」のために、標高が高くない(550m)のにそうした亜高山性の植物が見られる点に、生えている植物についての「ジャガラモガラ」独自の特徴があるようです。
 私が上の写真を撮影したのは、2015年7月25日ですが、そのときには、下の写真のように、「ヤナギラン」が群生していて、くぼ地全体が植物で覆われていました。