久野雅幸のページ
                
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雪の詩(定家「駒とめて」の歌など)

 雪が降ると、しばしば「幻想的」と言われます。雨についてはまず言われることがないのに、雪についてそう言われるのは、なぜなのでしょうか。
 雪の「白さ」が関係しているのかもしれません。そして、「軽さ」(もちろん、地上に降り積もった雪の重さはたいへんなものですが)も関係があるかもしれません。空気の抵抗を受けてゆっくりと、空気の動きによって大きく左右されながら落ちてくる、雪の「軽さ」が、見る者に「幻想的」と感じさせる一因になっているのかもしれません。
 「風情(ふぜい)」ということばがあります。「味わうに値するおもむき」といった意味で使われる言葉のようですが、雪の「風情」には「幻想性」が付属していると言っても間違いではないように思います。

     雪の降りけるを、よみける
                         清原深養父
  冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらん
                     (古今和歌集、巻第六、冬歌)



     百首歌たてまつりし時
                          定家朝臣
  駒とめて袖うちはらふかげもなしさののわたりの雪の夕暮れ
             (新古今和歌集、巻第六、冬歌)

  深養父の「冬ながら」の歌のような、「雪」を「花」に見立てる発想は、すでに万葉集所収の雪の歌にもあるようです。こうした発想も、雪の「幻想性」に基づくものと言ってよいように思われます。しかし、雪の「幻想性」という点でさらに注目されるのは、定家の「駒とめて」の歌です。知られているように、この歌は、万葉集にある「苦しくも降りくる雨かみわの崎さのの渡りに家もあらなくに」の歌を本歌取りしたものです。本歌取りをするにあたって、定家は、本歌の「雨」を「雪」に変えました。そうすることによって「駒とめて袖うちはらふかげ」を、降りしきる雪の景色の中に、「幻想」として、みごとに浮かび上がらせています。雪景色が、「幻想」を(それも、言って見れば、3Dの映像として)浮かび上がらせる、一種のスクリーンの役割を果たしています。


   雪の降るとき

  まっすぐに降ると
  雪はひそかに時を刻み始める

  放たれて動き始めた
  ゼンマイ仕掛けのおもちゃたちのように     
  降りしきる雪の向こうで
  突然
  動き始めたものたち
 
  そこは
  一面に雪の降り積もる町だ

  戸を開けて
  子どもが
  勢いよく
  外に飛び出した

  外に出て
  子どもたちが
  辻に来て集まり
  はしゃいでいる

  (雪が積もり
   馬車の通らない道は
   子どもたちにとって
   きっと
   よい遊び場なのだろう)
   
  家の中で



  大人たちは
  火を囲んで集まり
  語り合っている

  火に照らされた
  大人たちの顔は
  (どうしてだろう)
  どの顔にも
  笑顔がなく
  みな
  ひどく引きしまって
  見える 
    
  あわてて辻にやって来た子どもが        
  勢いあまって転んでしまった
  それを囲んで
  子どもたちの間に
  ひとしきり
  明るい笑い声が起こった

  大人たちは
  その間も
  家の中で
  しずかに
  語り合いを続けていた

  もしかしたら
  大人たちは
  なにか
  子どもたちには聞かせたくない



  ことがらについて
  話し合いを
  行っているのだろうか

  そのために
  子どもたちは
  外に出て遊び
  大人たちは
  家の中で語り合っているのか

  ―トントン
  と戸をたたくものがあり
  戸を開けに立ち上がったものがある
  ―トントン
  ―トントン
  とそれは風の音かと思うほどの調子で      
  
  ああ
  長い間待たれていた時間が
  ようやく動き始めて
  唐突に止まる
 
  風が出たので


                   (久野雅幸)  

  雪

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と坂道に降ります

 坂道を上っていく人が二人
 坂道を下りてくる人が一人

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 坂道を上っていく人の肩に降ります
 坂道を下りてくる人の肩にも降ります    

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 坂道を
 上っていく人と
 下りてくる人とが
 坂道の途中ですれ違いました

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と坂道に降ります

   *

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と坂道に降ります

 おばあさんが荷車を引いて坂道を上ります  

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 おばあさんの引く荷車の上に雪が降ります
 荷車を引くおばあさんの上にも雪が降ります 

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 坂道を越えて
 おばあさんと荷車とが
 消えていきました

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と坂道に降ります

   *

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と坂道に降ります

 明かりのついた窓があります
 明かりのつかない窓もあります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 明かりのついた窓に降ります
 明かりのつかない窓にも降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ―あっ
  いま一つの窓に明かりがつきました  

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と坂道に降ります

   *

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と雪が降ります

 ゴメンネ
 ゴメンネ
 ゴメンネ
 と坂道に降ります

 さし出して
 なぜさし出したのかと考えこんでしまった― 
 掌の上にも
 降るのです

       (久野雅幸、『旋回』所収)



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