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梅雨時(つゆどき)の詩

    


    


上の写真は、7月12日に、山形市村木沢の出塩文殊堂で撮ったものです。
お堂にのぼる石段にそって、たくさんのあじさいがあり、さまざまな彩りを見せていました。


  次は、最初の詩集『旋回』に収めたものです。「―」(ダッシュ)は、どちらの詩でも、本来2文字分の長さです。


 気が付けば夏


 ―カーン
 と高い打球音がして
 そのたびに
 ぼくたちは顔を上げる

 ―惜しかったね
 ―うん
 ―今のはレフトのファインプレーだ

 高校野球の夏の大会
 地方予選の第二回戦
 見る人は少なく
 外野席の芝生の上には
 ぼくたちの他に
 数人の高校生らしい女の子たちがいるばかり              

 ―燕が飛んでいるね
 ―うん
 ―ずいぶん低く飛んでいるね
 ―うん
 ―雨が降るのかもしれないわね
 ―うん

 と言ってぼくは空を見る
 空はまぶしいくらいに晴れ上がり
 とても雨などは降りそうにない
 
 ―あっ
 ―えっ
 ―燕がトンボをとらえていった



 ―えっ
 ―燕は泣いていたよ
 ―えっ
 ―涙がキラリと光ったもの

 もしも本当に光ったのだとしたら
 それは
 燕ではなくてトンボではないのか
 と言おうとしたとき
 ―カーン
 とまた打球音がして
 ぼくたちは顔を上げる

 大きなフライが
 レフトのグラブにおさまったところ

 いつのまにか試合は九回の裏
 あと一人でゲームセットだ
 応援の声が一段と高まって
 次の打者が打席に入る

 ―見逃しの三振
 でゲームが終わり
 選手たちが整列する

 敗れた選手たちははたして気が付くだろうか
 勝った選手たちはまだ気が付かないだろう               

 夢中になって夢を追い
 夢が破れてたたずんだとき
 人は



 それまで自分が生きてきた時間とは異なる
 自分のかたわらを常にひっそりと流れ続けていた
 もう一つの時間としての
 季節―
 に気が付くときがある
 ―あのときも
 やはり暑かった夏の日に
 自分がそうであったように

 ―気が付けば夏
 球場を囲む高いフェンスの向こうにも
 湧き上がる白い雲がある

 ―蝉が鳴いているね
 ―うん
 ―外ではまだあじさいの花がとてもきれいに咲いていたのに       


                  (詩集『旋回』所収、久野雅幸)
              
 
 

 

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